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声優戯論

JUGEMテーマ:漫画/アニメ

yoru ha mijikashi arukeyo otome 17

 たもネタ被りの季節に突入したようで(パクってねえですよ)。えー予告した通りに、シングコング観てきました。シングも良かったですが、個人的にはコングですね。コングさんの雄大さにやられっ放しでした。パシリムと同等、ギャレラジより上の評価です。シンゴジラは嵌らなかったので比較対象外ですが。
 エンタメ感満載のシング吹替版は、面白かったというよりは後学のためになりました。「興味深い」というのが近いです。キャストの演技性の違いを比較して、といった具合です。誰がみても楽しめる秀作でしょうね。それから3月のライオン前編をみて、ムーンライトで憂鬱な気持ちになって帰ってきました。

 

kingkong skull iland 2017


 回はシングで考えたことだとか、辛口ですがライオンの感想がメインです。前半は通常運行ですが。後半は演技論みたいなものや、ちょっと面倒な話があります。そちらの方面が苦手な人は、避けておいた方が賢明かと思います。演技に興味がある人や、多少面倒な話でも大丈夫だよという人たちには、お勧めです。
 まーそうですね、偶々ですよ。表題に「戯論」と銘打ちましたが。普段考えてることが、このタイミングで同時に出てきてしまった格好です。特に結論めいたものはありませんし、殆ど雑感に近いものです。このタイミングじゃないと書けないなと思った理由が大きいですね。お手柔らかに。

 

3gatsu no lion #19e


 事者が思うのと、観衆や聴衆といったオーディエンスが言うのとでは、発言の意味も重さも違うでしょう。ただ言っておくことで、迷いや疑念が確信に変わることもあるでしょう。近過ぎても言えないことはありますからね。
 まあ希望があるから言うのだし、改善の兆しや期待がなければ、こちらから何も言う必要はありません。

 


雑記

 

・キングコングは音響の拘りが凄かった。特にヘリの重低音
・結論から言えば、事前予想とは違っていた(『地下空洞説』の方だ)
・コナンドイル「失われた世界」。ジュラシック・パークも左様
・コングの戦闘場面がReゼロのレム
・シングはCGで酔わないように抑え目に計算されていた
・ライブ終盤の流れは見事で、劇サイコパスもこうだったら…と思ったり

 

sing movie 2017 c

 

・美女と野獣はスクリーンで観ても、PVとは印象が変わらないのが凄い
・怪盗グルーの鶴瓶の吹替はキンキンする。金属的。C音とT音が強くて耳障り。悪声の類いなので、技術的にどうにかして欲しい
・声優と非声優はヴァイオリンとギターくらい違う。音響監督は大変だな
・声優の方がクリアで「掛け合いの『返し』が少し弱い」(※後述)

 

sakura quest 10


・夏アニメ「賭ケグルイ」MAPPA。牙狼の林監督
・劇場版マジンガーZ、弓さやか役に茅野愛衣。お色気ハレンチ路線か
・Z前半は漫画ハレンチ学園の系譜。線に勢いがあってグニャグニャだが、味がある
・モーレツ期、1969〜73年頃の永井豪ヒロイン(※後述)
・1970年代後半になるにつれてバイオレンス路線。けっこう仮面や無頼ザ・キッド

 

GO GO Girls 1968_73 永井豪美少女マンガコレクション

 

・夏アニメ「終物語」。いよいよ完結
・映画打ち上げ花火のキャラデザは誰なのか
・化物語の渡辺明夫。あるいはニセコイやライオンの杉山延寛か
・叙情的なジュブナイル、あるいは文学的な物語りは得意技。そこからどう捻ってくるか。あるいは中高生がどれくらい訓練されてるのか
・思い出のマーニーあたりと芸風の違いを比較すると面白いかも
・総員ネギまのシャフトを信じろ!(>オイ)

 

nisekoi13 end

 

・ゴジラ怪獣惑星は全三章。亜人か(2h×3本)
・サブタイが直球っぽいね
・2199方式だとすれば同発か、追っかけテレビ放送もあるな
・最終章が2018年11月公開&配信、同年秋からテレビ放送と予想
・ポリゴンピクチュアズは仕事が早いからな

 

yoru ha mijikashi arukeyo otome 03

 

・八雲と助六の芸を受け継いだのが与太郎、彼らの血を受け継いだのは信之介
・芸と血を混ぜたのが小夏か
・菊比古と初太郎の本当の名前を知りたかった(みよ吉だけか)
・最終話の小夏には舌を巻いた。九代目の関智一もだが。あの老け役の会話ができるのかと

 

syowa genroku rakugo shinju 2nd #12c

 

・ジョージがいるとゴンゾ感が漂うな。久野さんもブレない
・アキバ高橋さんは、偶にプリキュアがでるな。裏表がなさ過ぎる
・小手先のリズムで演じたらアカンて。台詞を大切に
・中田さんちの甘城ドラゴン(赤竜ルブルム)

・東洋経済新聞「教養としてのアニメ」>コッペリオンはさすがに違うだろ。進撃の巨人、アルペジオかシドニアだな

 

Amagi Brilliant Park #13x

 

・鬼平#12感想、のんは「評価以前」。演技力がどうこうではない。新人レベル。タイミングに気を取られてガタガタ。無理もないか
・キモ戦のサップだな。試合に慣れた分だけ、むしろ弱くなった
・女優だから衣装から入った方が良さそう。場所と時刻、劇中の立ち位置
・しこりん先輩の発声も耳障り。GYAAHAA、JUDAHAA、WABARAH…とね。咽喉が痛くなる。テンションと声量はイコールじゃない。無駄な力を抜いてくれ

 

トニーたけざきの攻殻機動隊

 

・蒼樹うめマスク
・オープンステージは混雑もあるし会場中継する方向でよいんじゃない
・「出演者未定」は行かない。ただでさえプログラムが多過ぎる
・AMVは進撃とヒロアカが爆発中。地味にノゲラ劇場効果
・漫画家、漫画評論家、漫画コラムニスト、オタク文化人。アシスタントの女優と民俗学者が足りないが、田中圭一はひとりBSマンガ夜話
・アニプレ、バンビジュは直営のミニシアタやアンテナショップを作っても良さそうな

 

King Kong Melbourne 2013

 

・キングコングはアニマトロニックスのミュージカル舞台があった(2013年豪州※後述)
・メイキングコング。髑髏党でも違和感なし
・戯論(ケロン)星人
・美獣(ただしハーリー・レイスか高千穂遥)
・Abemaでスタドラ(2010年)が視たい
・俺たちのアプリポワゼ

 

Star Driver

 

・音楽や映像感覚(テンポ)は、突き詰めると言語の違いに行き着きそうな
・君の名はと片隅の「代理戦争」と述べた。主体は別にある。序章はそちら
・他人を死地に追い込む様な、一部の浪漫主義者は害悪だと述べておく
・普通の業務で生命を賭けられても迷惑だってば。しかもそれを他人が言うか?
・鉄血最終回の始まる前のツイートはかなり戦々恐々だったが。終わってみれば賛否は半々で拮抗してたね(イベント報告をチェックしてた)

 

gundam iron-blooded orphans#48a

 


「AMV」Anime mix- Dead Inside

 

 

◆「夜は短し歩けよ乙女」人気小説アニメの裏側 作者から見たビジネスの功利と作品への葛藤
http://toyokeizai.net/articles/-/165023

いちばんきつかったのは、頭の中でくっきりと映像化したり、うっかりアニメの声が聞こえてきたりしたこと。(中略)きっと映像化やリアリティを考えて変なことをすると『夜は短し歩けよ乙女』みたいな変な小説の世界には到達できなかった。

yoru ha mijikashi arukeyo otome 16

 

◆中国勢が日本のアニメを「爆買い」する事情
http://toyokeizai.net/articles/-/164865?page=3

特に2015年の市場成長はほぼすべて、海外での配信や上映、DVD販売によるもの。もはや日本のアニメ市場の3割が外貨に依存している。おカネの出元は中国、米国がツートップ、以下にカナダや韓国、台湾といった国が続く。

◆中国IT大手テンセント、コンテンツ大量購入 日本アニメで市場攻勢(2016.3)
http://www.business-i.co.jp/featured_newsDetail.php?10241

テンセントは、米映画スタジオ大手マーベルにならったこうしたビジネスモデルで、日本の大手アニメ制作会社スタジオジブリや東映アニメーション、そして国内のライバル企業アリババ、バイドゥ(百度)に対抗していく構えだ。(中略)中国のアニメ市場は20年までに310億ドル規模へ倍増する見通しだ。

 310億ドル=3.45兆円(2014年の日本アニメ市場は1.6兆円※同記事)。つまり倍の大きさか。

 

◆水島精二監督ほか豪華スタッフによるアニメプロジェクト『エスカクロン』OVA化決定&新ビジュアル公開!
http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1490420306

 

◆「25th Anniversary GONZO FESTA 2017(仮)」を開催することとなりました
http://www.gonzo.co.jp/news/2017/03/25/2692/
 GONZO FESTA 2017(仮)6/18開催。

 

◆りえしょんフレンズ
【ニコニコ動画】りえしょんフレンズ

 

◆永井豪 作品年表
http://www.mazingerz.com/AG.html

 

eSports

 

◆eスポーツとは何か?
http://esports-runner.com/gamer-news/about-electronicsports/

 

◆[ENG SUB] Master of Skill / The King's Avatar / Quan Zhi Gao Shou Official PV #1

 「The King's Avatar 全職高手」2013年小説、2017年テレビアニメ化。オンラインゲームやeスポーツを舞台にした青春群像劇。ジャージ姿のイケメン軍団14名。こちらもテンセントの新作アニメ。

 

◆The King's Avatar 【全職高手】2nd(adv) PV
https://youtu.be/0-4Wx5qRDKk

 

The Kings Avatar 03

 

◆全編フルバージョン『Xi AVANT(クロッシィ・アバン)』2D版
https://youtu.be/IP5nAkG5lME 

 ひるね姫が気にいった人は見比べるのも良し。

 

◆King Kong - Melbourne Now Playing!(キングコング)
https://youtu.be/EHLnJEUxLqk
 2分過ぎの方が分かり易いかも。

Chen Uen

 


[Luciole] Warm Up



 画「3月のライオン」鑑賞。良いか悪いかだが、評価は「ふつう」。シンゴジラとは逆で、個人の家庭ドラマを中心に据えた映画。僕は原作漫画からアニメを視聴したクチで、普段はあまり実写の邦画を見ない(洋画やアニメが多い)。感想は辛目なので、その心算で読んで欲しい。
 まず手放しで褒めたいのは、桐山零と安井六段との対局。クリスマス前に離婚が決まった棋士との勝負だ(原作2巻)。本編で唯一の見せ場と言っても良いくらい。零の神木隆之介の好演もあるが、安井役の甲本雅裕の演技がよい。
 以下、順不同で役名をあげると、相米二、島田、松本は好感。林田は単純に邪魔だが、二海堂は嫌いではない(終盤はクドイな)。スミスは気取りが余計。役者のスタイルに違いがあるのは理解できる。だが演出側に芝居のトーンを纏める気がないのが気になる。映像はよいが、ドラマが進んでも積み上がっていかない。相互のバランスが悪い。

 

3gastu no lion movie 02


 作漫画との違いだが、全体的に過去回想が多くて、里親の幸田家のエピソードが中心。零と香子の因縁を盛った格好。正直半分は要らない(なくても分かる)。回想で細切れになってしまうし、香子が空回りでミスキャストなのもある。
 この変な接待シフトは何だろうと毎回思う。別に日本映画に限ったことじゃない。大人の事情なのかは知らないが。こちらの許容値を超えると、著しく興が醒める原因になる。短くいえば「もう喋らせるな、出番を減らせ」だ。
 川本家は、長女あかりがペースメーカだとアニメ放送前にも述べた。グダグダだった(やはりなと)。あかりが機能しないと、どうにもならない。若手や実力派を揃えた男性陣に比べて、女優陣はもの頼りない印象。嗚呼、叔母の美咲は悪くない(少女香子も)。演技力不足はあるが、演出側が芝居をつけられないのも問題。プランというか落とし所が見えてない。
 ワンマンな役者が勝手に演じて失敗してるように見える。林田教師もそうだし、二海堂を贔屓する理由もそれ。他の出番を見てる訳でもないだろうが。芝居に統一感がなくてパートごとにチグハグ。ただ数名は芝居をどうにか作ろうとしてる(役のイメージや演技の上手さとは別に好意的に評価する)。
 もうひとつ言えば、音楽の使い方がパッとしない。あの島田の内語(心の声)はどうなのか、宗谷名人の対局シーンは音が要らないんじゃないのか?

 

3gastu no lion movie 02


 画前編は島田vs宗谷名人の獅子王戦、さらに山崎と零の新人戦。後編はひなたを中心に話が進むようだが。たぶん続編は見ない。予告である程度の察しはつくが、アレを140分も観せられるのは流石に辛い。若さや青さや体当たりも結構だが(本当に)。二重の意味で救いがない。ひなたよりも、むしろ共演者の問題だが。
 文句をつらつら述べたが、前編は「ふつう」の評価。特に薦めることはしないが、他に候補がなければ観るのも悪くない。あとついでだが、もっと役者は「台詞抜きで演じる」ことをした方がよいかも。自分の台詞に引っ張られて、それ以前が疎かになってる(意味が伝わるかな?)。適材適所というが、キャストが適材ではない。役者を使う側の問題で、下手じゃないが「この映画には合ってない」になる。

 

3gastu no lion movie 01



 和元禄落語心中、助六再び篇#12感想。松田さん(95歳)は反則だろう。落語家になれなかった男が、落語の家で過ごした長い年月を語る。初太郎、菊比古、与太郎、助六、八雲…。そして小助六。生まれ変わった雨竹亭。人は変わり高座も変わり、芸を継いで名跡を継いで、時は巡って噺家は新たな血を遺す。九代目助六の死神は白眉だった。鬼気迫るものだった。

 

syowa genroku rakugo shinju 2nd #12b


 く感動もしたし、掛け値なしに面白かったが。まともに感想を書けなかったのは、返す返すも残念。鬱期に重なっていたせいもある。心が沈んで動かない、言葉を拾い集めるのに難渋する。落語心中をみても、どうにならなくて手をこまねいてるほかなかった。感想を書こうにも、心が弾力を失ってバラバラになってしまった気分だった。

 

syowa genroku rakugo shinju 2nd #12a


 は書かなかったが、銀座三越の展示会にも足を延ばした。数分で回れるような、こじんまりとしたスペースだった。そういえば最終回アマケンは何処へ行った。



High School Fleet - AMV - La Ritirata

 


 優業は俳優活動の一部とされるが。声の演技の高い専門性や、表現力が求められる一方で、俳優に対して一段下の立場に見られたり、声優が公の場で顕彰されることが少ないのは、声優が芝居に関しては「従」に当たる。
 声優の基本は『共同作業』だ。声をあてる俳優がいたり、アニメーションのキャラクタがいる。謂わば、二人三脚(実際はもっと多いが)で劇中の役を演じて、声で生命を吹き込むのが、声優の仕事だ。
 声の演技に特化した分だけ、役者の評価の難しさがある。基準が整備されていないのが実情だ。声を評価するのは、俳優の表情や動きまで含めるのと比べれば、比較的容易に思えるが。本来がアシストである分だけ、成否を切り分けることが難しい。
 演技の主体は俳優やアニメーションにある。どんなに声優が良くても、俳優やアニメーションが駄目であれば、芝居が評価されることはまずない。つまり「従」だ。競馬であれば騎手であって、厩舎や馬がなければレースにならない。この点が俳優とは大きく違う。

 

sing movie 2017 b


 論、俳優に比べてプロ声優が決して劣ってる訳ではない(これは確実だ)。彼らの立場が弱い理由は、むしろ製作環境や商慣習に拠るものだ。それらは専門性の向きや表現手法の違いであって、どちらが上だという話ではない。むしろ役者本人の適性や資質だと思う。
 構造的にいえば、演技の主体になり得ないことが、声優の評価が定まらないことの原因にある。ただそれもアニメーションがプレスコ時代に突入すれば、いずれは序列も変わるだろう。声の演技や演出プランまで含めて、より役者として高い適性を求められるからだ。



 だ肝心なことは、楽器がギターであれ、ヴァイオリンであれ、違和感を覚える人たちが必ずいること。僕が考えてるのは「演者の特性を活かしたまま、どうすれば違和感を取り除くことができるか?」。これはどちらに対しても言える。
 つまりテクニックなのだ。よくあるような「個人の」好き嫌いではない。楽器の音色も演奏法も違う。それぞれ違うものを無理なく共存させる方法論だ。その受け皿だとか、折り合いのつけ方を探してる。こちらの好みを察して演奏してみろ、とは言ってない。個別の作品に合わせて起用することも可能だが。ジャンル性だとか、演技のバックボーンの違いを踏まえてどうするかという話だ。

 

sing movie 2017


 優の掛け合いが『テニスよりもスカッシュに近い』というのも、その端的な例だ。声優は引き出しも多く、ずっと処理が細かい。演じる役の守備範囲も広い。だが直接のやり取りは「やや弱い」。

 他流試合ではスマート過ぎる。マイクやモニタ越しで、役者が対面では演じていないせいだ。役の存在感や生っぽさでは、偶に俳優や芸人が上回る。演技も画一的で洗練されてる。そうした性質を含めての話だ。
 吹替(シング)での山寺宏一の凄みは、ヴァイオリンなのにギターに聞こえる、ラフな演奏(演技)ができることだ。両者の違いを埋めるところまでは到達してる。だが爪先半分だが、まだ僅かに遠いように思う。たぶん共演者との距離感の違いだろう。別録りなのかもしれないが。


 

 の頭の中にある「俳優と声優の分布図」というのは、ペンシル型なんですよ(図を参照)。鉛筆の芯の部分が、トップ声優だと思ってください。破線から上がプロのレベルです。歌手や芸人も、俳優(非声優)側に含まれます。声の芝居についての模式図です。

 

Pencil acter


 優の方が、役者の個性やスタイルだとか、演技の正解の幅が広い分だけ、あまり尖っていません。生っぽくて存在感がある、雑味が多いという言い方もあります。まあ適性ですね。役柄や作品にも拠ります。
 トップ声優といっても、ベテラン大御所クラスになると、また状況が違っていまして。実はこうです(※下図)。やや誇張してありますが。守備範囲や専門領域が重なっていても、演技の質には多少違いがあります。ジャンルやどんな作品に出演するかで、演者に必要とされる芝居の性質は変わります。

 

Pencil acter 02


 から例えば、最近よく気になるのは「洋画アニメに俳優やタレントを起用すること」ですね。テレビ側(ドラマやバラエティ)の分かり易い知名度だとか、日常性を担保にする発想ですから。この人たちは、アニメの非日常性やハレの芝居をどう考えてるのかなと。チャーリー・ブラウンや一反木綿のようなキャラクタを、あまり平凡な役者に演じられても困る、という話ですが。

 


AMV Love Confession

 


 とえばだが、ある分野の専門家と、自分の意見が同じだったとする。おおまかな結論は同じでも、背景にある情報量の差が1000倍くらいあったりする。なので素直には喜べない。
 問題は、そこに含まれないものの存在だ(分かり難いかな?)。ボーダライン上にあったり、ある種の例外だったり。点在するが。線を引くにもグラデーションがある。それに素人は気づけない。専門家の優位性は、そういうところにもある。

 駄目のなかには「本当は駄目じゃないもの」も含まれる。その違いが素人目には分からない。引っ掛かるとか、惜しいとか言われてしまうようなものだ。

 

Frog Backdrop


 の道の専門家ほど慎重に断定を避ける。サンプルからゴミや誤りや無意を除去するが。その捨てたものが素人には分からない。うっかり見当がついても、粗雑で乱暴な意見になりがちだ。またそちらの方が受けが良いのも確かだが。
 再論だが。使いかたが分からないまま、他人の地図に頼っていると、そういうところで躓くことになる。現在位置の把握が何よりも難しいが。同じ山を登ってる心算でも、全然場所や地形が違うことはある。それがあるので、僕は専門家の意見があってるときほど「危険だな」と思う。油断や安心する気にはなれない。



 般論だが。見ないで語れることは『見ない理由や嫌いな理由』に限られる。作品の感想や批評とは別物だ。まあ潜在的なファン(顧客)の見地では、無意味とは言わない。要望はあって然るべきだし、選択の自由はあるだろう。
 過去の繰り返しになるが。上達には大きくふた通りある。「ある特定の刺激に対して、敏感になることと鈍感になること」だ。敏感になることで、物事の差異やデティールの区別がつくので洗練される。逆に鈍感になることで、無駄な要素やノイズが除去される。
 素人が専門家に対して僅かに優位に立てるのは、後者のケースだ。感覚が麻痺してない、荒れてないから邪魔なものがダイレクトに判る。それ以外の場面で、専門家に勝つことは難しい。何故かといえば、感覚というのは、脳の「認識」でもあるからだ。耳が良ければ、音の違いを聴き分けられるものでもない。多少有利には働くが。

 

hunter hunter 絶


 くの人たちが勘違いしてるのは、「嫌いな自分には違いが分かる」というものだ。それは下戸が酒の味を語るようなもので、舌が荒れてない限りは素人の味覚は有利に働く。だが、味の基準や旨さを語るには充分ではない。そこを勘違いしてる。
 いつも思うが、苦手や嫌いなものがあるというのは、それだけで確実に不利になる。ラーメンやカレーを食べられない人間が、有名店の味つけについて語るのは噴飯ものだが。芸術芸能では、それが普通だ。

 上述したように「自分が嫌いな理由、それを避ける理由」を語るのは構わない。趣味嗜好や信条や発言の自由はある。だが入口で立ち往生してる連中が、それについて分かったようなクチを叩くのは違うだろう、と思う。勿論、僕の個人的な意見だ。

 

fullmetal alchemist movie 2017


 は歌手やアイドルや芸人に対して、何かしら思うところはあるが基本語らない。自分が当事者やファンではないからだ。また不得意なので分かってるとも言わない。仮に自分が口を挟むのであれば、相手に対して愛情や敬意や思いやりが、少しばかりは必要だと思うし、それがないので遠慮してる。
 だがどうして分からない、他人が無関係で通じてない分野まで自信満々になれるのかと、偶に不思議になる。好き嫌いは個人の領域で、良し悪しは基準の採択だ。そこに妙な錯誤がある。嫌い(≒危険)なものが分かるのと、諸般に通じて分別がつくのは、本来は別の話だ。他人と自分のそれを取り違えてしまうので、変なことになる。

 

Star Driver #25 end


 そらくだが「正しさの根拠なく自分を偽る=主語をデカくする」という思考を、人間は無意識に行っている。自己保全や生存に有利だからで、だからこそ衆寡で不安になるのだが。閉じた思い込みから解き放たれて自由になることは、なかなか難しい。



「AMV」dreamland by Pulse

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