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狂騒の都

 休は週明けから天気は崩れそうです。今年の春休みは注目作が目白押しですが、GWより賑わいそうな予感がします。大洗では海楽フェスタですか。神山監督のひるね姫も、なんだか雲行きが怪しくになってきたように感じますが。さてどうなりますか。

 

hirunehime 05


 回は三度目の正直、映画「ラ・ラ・ランド」感想を中心にお送りします。名作です。ただし変わった方向から面倒に述べてありますので、取り扱いには注意です。

 チャゼル監督の前作「セッション」と比較されることが多い本作ですが。いやむしろ、イニャリトゥ監督の映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)の方がテーマ的に近いんじゃないかと感じていましたが、思った通りでしたね。個人の狂気を、ひとつの都市に拡大したらどうなるか――という思考実験でしたが。

 

3gatsu no lion #21a


 演のエマ・ストーンは、バードマンでも老俳優の娘役を演じました。ショービズとはいえ、ブロードウェイと、ハリウッドの違いもありますが。ラ・ラ・ランドの正体や構造に気づいてしまえば、わりと理解しやすい作品だったんじゃないかなと思います。詳しくは後ほどです。

 


雑記

 

・実写映画「心が叫びたがってるんだ。」7/22公開
・劇場版響け!ユーフォニアム2、今秋公開
・SAO OS興収16.8億円(151館、4週目)ラブライブ超えもあるか
・ラブライブ最終28億円(121館)
・昨年の好調の余波を受けて上振れしたか
・LEGOLAND JAPAN、名古屋に4月オープン。UAEドバイにもある

 

legoland-dubai 02

 

・聲の形、興収23億円(邦画10位タイ 片隅※公開中 キネ旬3月号)
・傷鉄血8.2億、傷熱血5.8億、劇艦これ4.6億※、GANTZ:O 3億円
・君の名は。中国の年間ランキング25位
・前説のスキルがある声優が必要
・最近は応援上映があるので各地で重宝されるだろう

 

atataland 10

 

・アタタランドも、ドララランドもある
・「フレンズは要らない、人間強度が下がるから」
・ヨハンソンの第一印象は「足が短くて太い」
・押井版は草薙素子やバトーが不安障害で、中年の危機なのが受け付けない
・カチコチ南極のポスタで思ったのは、漫画アニメゲーム界隈を含めた、同業者のリツート数が多いこと。ドラえもんを視てなくても、必ずどこかの網に引っ掛かる

 

sammo hung jackie chan

 

・二海堂サモハン説
・人間将棋に違和感を覚えたのは若者が多いせい。まあ過疎地区の塩野と天童市でも違うのだろうが
・画像で確認すると、人間駒はボランティアの高校生っぽい
・お兄様や辻井九段も言いそうでヤンス
・メイドラゴンは情緒的な魅せ方が本当に巧い
・迷ったときは此処に帰れという御手本。京アニにとって踊り場のようなアニメ

 

kobayashi san chi no maid dragon #6a

 

・弱ペダの下野さん、このすば(石鹸洗剤)のツダケンが良かった
・途中参加組だが、万年後輩感やレギュラみがあった
・デュラハンは頭が軽い(弱いという意味でなく)分だけ運動は有利。4、5kgは違うだろう
・Lore(※後述)は娘の名前。ドイツ民謡&軍歌
・父の森林官は鹿の射撃が得意、17才の美しい娘も若者の心臓を撃ち抜いたと

 

syowa genroku rakugo shinju 2nd #10a

 

・にゃんぼーで犬アニメだと!?
・小夏の妊娠はすぐピンと来た
・サトリナも浴衣や黒のフレアを着てたな
・伝法、メガネ、猫背…キタエリは落語の家元か(バンダナ抜き)
・LEGOスターウォーズ/ドロイド・テイルズ(2015年)吹替はガチ

 

gundam iron-blooded orphans#44a

 

・ロックバンド地方ヤンキー説
・大胆な省略は、他が水準以上じゃないと通じないのでハードルは高め
・サルが犬猫の口に指を突っ込むのは、頬袋の餌を探しているんじゃないか? 猫のヒゲブクロ(ウィスカーパッド)にも噛みつくが
・話題になったから成功×、悪評が広まったから失敗〇
・炎上マーケは完敗ゼロをイチにするだけで持続性はない(だから△か)

 

cat & monkey

 

・あやうく入浴剤と柔軟剤(試供品)を間違えるところだった
・若い頃から、紅亀やつみきの家のような死生観はあざとく感じる
・テレビゲーム以降は物語の価値観が違うのかも
・新劇の小山内薫は開局当初のNHKラジオ劇(1925年)にも関わったらしい
・正しい教えで善導すれば、正しい人間が生まれると錯覚する。それほど危険で厄介な連中はいない
・現実に非ざることを軽視したり否定するのであれば、どうして劇場にいるの?――という話

 

king kong 1933 e

 


[WIXOSS AMV] - Hard Feelings -


 

◆音の力で変わる映画作り。国内初Dolby Atmosアニメ「BLAME!」が描く“空間”を体験
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1049513.html

「Dolby Atmosで作品を仕上げたいという目標を、ようやくポリゴン・ピクチュアズさんとの協力で実現できました。“アニメーション音響革命”のつもりで作っており、現時点の集大成」と語る岩浪氏。

◆映画「ドラえもん」のグッとくるポスターはなぜ生まれた? ストーリーボードポスター誕生の経緯を取材
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1703/10/news085.html

 

◆円谷プロダクション新社長に元ディズニー・ジャパンの塚越隆行氏
http://animationbusiness.info/archives/2453

 

hibike! euphonium 2nd #13x

 

◆【AnimeJapan2017】KADOKAWAブースインフォメーションサイト
http://event.kadokawa.co.jp/animejapan/
◆ニコニコ生放送でKADOKAWAブースステージをご覧いただけます!
http://event.kadokawa.co.jp/animejapan/information/entry-213.html

 

◆【AnimeJapan2017】ぽにきゃんブース
http://special.canime.jp/anime-japan/2017/

 

◆“次篇”降臨! 「ベルセルク」TVシリーズ第2期 スタート記念特番/WOWOW
http://www.wowow.co.jp/detail/110351/-/01

 

◆【吹替声優】この役者にはこの声優!〜香港編〜

 

◆五福星撞鬼 Ghost Punting 1992 (邱月清 vs 呂少玲 ) Edit
https://youtu.be/QdOTL0y4u-Y
 く動くなあ。本格的なアクション女優も珍しくなったが。

 

◆NiGHTS Journey Of Dreams Movie (All Cutscenes)
https://youtu.be/r_NnCkXt7KQ?t=1h36m1s
 NiGHTS(ナイツ)をアニメ化しないかな。

NightsIntoDreams

 

◆Resistance Rises: Attack Of The Conscience - LEGO Star Wars - Mini Movie

syowa genroku rakugo shinju 2nd #7e

 


Ping Pong the Animation AMV ♪ Clip The Wings



 画「ラ・ラ・ランド」鑑賞(三回目)。いやあ面白かった。チャゼル監督、畏るべし。最初から感じていたことですが、前作セッションよりも、イニャリトゥ監督の映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」が参考になるんじゃないかなと踏んでいましたが。そのものズバリでしたね。疑問の9割は解消しました。
 映画の見方はそれぞれでしょうが、大きく印象が変わりました。アレは懐古調のビターエンドじゃないですな。むしろモダンホラーに近い。波紋をよぶ厄介な連中のことを、劇中では夢追い人と称していますが。どうして業が深い。

 おそらく殆どの観客が『あり得たかもしれない別の世界線、ふたりの過去の可能性』と感傷的に捉えてるでしょう。然にあらずです。現在進行形の話ですよ。ふたりの関係性は、昼間にみたグリフィス天文台のシーンで一度終わっています。ふたりの夢はもう終わりだから、味気なくてツマラナイ風景に思えるんです。

 

LA LA LAND 11


 ころが5年後…ですよ。偶然に再会した二人がみる夢や幻想こそが、実はラ・ラ・ランドの正体です。ね、充分ホラーでしょ。『共同幻想』がテーマなんです。
 ピ−ターパンのネバーランドと同じで、ラ・ラ・ランドは信じるものにしか見えません。夢の国を成立させているのは、熱に浮かれた住人たちです。現実世界の地図にもありますが、彼ら夢追い人の共同幻想によって成り立っています。

 チャゼル監督が考えたのは、どうしたら目に見えない世界を現実に持ち込めるか?――です。そこで採用したのは、派手なカラーリングとカメラの長回しです。醒めてしまう夢だったら、観客を夢から覚まさなければよいのだし、ワンカットで丸々収めてしまおう、という作戦です(たぶん間違ってないでしょう)。

 

LA LA LAND 19


 実のロケーションを、彼らの生活の舞台にすればよいのだし、そのためにセットやスタジオは使わない、という考え方がベースにあります。ラ・ラ・ランドが実在するように思わせるには、最新の映像処理で誤魔化すのではなく、従来の方法を禁じ手にしてしまおう――というような逆転の発想です。
 そのために歌やダンス、演奏もキャストが実演で行っています。ぶっつけ本番の一発勝負で、技術的にかなり難しい撮影を屋外で行っています。もし演者にパフォーマンスの完成度を求めるのであれば、それこそスタジオで仕上げればよかった筈です。実演するまでもなく、代役を立ててCGで処理すれば十分でしょう。
 あれもこれもと手間を掛けているのは、ひとえにラ・ラ・ランドを地上に具現化するためです。そのために犠牲になるものがあっても、そこは割り引いて考えるべきかと。映像や音楽の作り込みより、ライブ感を重視しています。

 

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 てセブとミアのふたりですが。この関係が厄介なんですよね。一見すると、ロマンチックなラブストーリーに思えますが。たぶん芸術家のパートナだとか、戦友と呼んだ方が近いでしょう。
 ふたりの二度目の出逢い(最初のすれ違いはノーカンです)。J・K・シモンズが経営するサパークラブで、テーマソングを演奏するセブにミアは出逢います。彼女がどうして突然恋に落ちてしまうのか。デートの最中に彼を思い出すのか。そして最後の幕引きで彼女のために演奏するのが、何故その曲でなければならないのか。すべて理由があります。
 先に述べましたが、ふたりの恋は『秋』で終わっています。ミアはオーデション結果を待ち、セブはツアーに参加するので、自分は何もできないと告げます。あの時点で「ふたりの夢」から醒めています。別々の道を進むことを選択したからです。

 

LA LA LAND 17

 

 ころが5年後になって、焼け木杭に火が付きます。いいえ不倫じゃありません。彼と彼女はそういう関係なんです。「同じ速度で、同じ方向に、一緒に歩んでいく夢を見られたから」セブとミアは結ばれたんです。支え合う関係が、もうそれ以上続けられなくなったから破綻した。それだけなんです。
 ミアは夫に連れられて偶然に訪れた店で、ふたりは再会します。壇上の彼はバンドメンバの紹介を済ませると、ピアノに向かい、思い人のために弾き始めます。ふたりの馴れ初めになった曲です。
 静かに音楽が流れると、走馬灯のようにめくるめく世界が広がります。あったかもしれない出来事、あり得たかもしれない世界。ふたりが歩む筈だった現実――本当にそうでしょうか。遠い日々の蜜月を眺めれば、未練や渇望に思えるでしょう。後悔かもしれません。ふたりが選ばなかった、もうひとつの人生です。
 だけど本当はそうじゃありません。あれこそがラ・ラ・ランドの別の真実であり、正体なんです。

 

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 ・ラ・ランドという映画が持つ本当の怖さは、やり直しが効かない現実を「帳消し」にしてしまうことです。時間やキャリアは何も解決してくれません。強度を持った狂気や幻想というものがあって、現実を跳ね除けてしまいます。
 ふたりは悟ってしまいます。実人生より濃密な世界があることに。恋人として結ばれて、恋人として別れた。だがパートナとして何も終わっていない。ラ・ラ・ランドの住人にすれば、生まれつきの性分や運命みたいなものです。
 ミアにとっては二人目の――最初は女優の叔母ですが――セブは特別な相手だったいうことです。図らずもそのことにお互いが気づいてしまいます。感情や恋心とは別の部分で、ふたりが強く結ばれていることに。真の理解者であり戦友であることに。
 だから店を出ようとして振り返ったミアに対して、セブは小さく頷きます――『アレが見えたんだろ?』と。ぎこちなく笑おうとするミアですが。彼女の瞳はすでに敗北を認めてしまっています。自分の過ごした5年間が、夢のなかでは何の意味を持たなかったことに。去りゆく彼女の背中を見送ると、彼は小さくカウントを数え始めます。これは何度目かの冬の話です。

 

LA LA LAND 13

 

 終えて感心したのは、全編を通じてラ・ラ・ランドの話になっていることです。ラ・ラ・ランドとはどんな場所なのか、それをどうやって映像で見せるのか、彼らにとってどのような意味をもつのか。これは共同幻想の話です。
 例えば、ジャズが嫌いなミアが布教される場面では、演奏も細かくカットが割ってあります。対して、セブの演奏で彼女が夢中で踊りまくる場面では、カメラの首を左右に高速で振るようなワンカットです。彼女たちの没入感が深まるとカットも長くなります。
 バードマンが『狂気に現実が侵食される男の物語』だとすれば、ラ・ラ・ランドは『狂熱に煽られた男女たちの都の物語』です。セブとミアが特別なのは、他の誰といても「夢のような時間をまた始めることができてしまう」からです。そこまで拗らせてしまえば、夢のまえに現実は無力になります。
 アパートや路上やオフィスやコーヒーショップだろうと、仏頂面でピアノを弾いていても、携帯電話を片手にオーデションを受けていても、何もない暗がりのゾーンから、いつだってそれを始めることができるんです。

 

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 期の最後で打ちのめされたのは、この映画が閉じていないことです。あの魔法の時間がある限り、ふたりの関係は何ひとつ変わらない。現実をいつでも塗り替えることができる。どこからでも始めることができる。あの世界の住人にとって、それが当たり前の前提なのです。
 しかも、そうした行為をチャゼル監督はフィクションに昇華して、自己言及的に茶化してしまっています。客体化して茶化せるというのは、過去作品のオマージュもありますが。私たちのような人種は、ずっと昔からこうだった、この映画もその証拠のひとつだ――ということでしょうね。

 終幕のエンドマークがでたときに、貴方のパリは何処にあるのと、言われたような気分になりましたが。



Youjo Senki - AMV - Lore (Im Wald, im grunen Walde)

 


 画「夜は短し歩けよ乙女」「夜明け告げるルーのうた」、湯浅作品も楽しみにしてるが。作家性が高いとプロモーション(川村元気)の差が出るかも。打ち上げ花火も言えることだが。
 アクティブなファンをどれだけ掴めるか。サポータやオピニオンの存在。上からではなく「下や横から」というのが、ひとつのポイントになる。間口を広げることも大切だが、どうすれば食わず嫌いをなくせるか。

 

yoru ha mijikashi arukeyo otome 11


 海監督や片渕監督は、全国行脚のファンサービスが徹底してる。筆まめでSNSの発信力が高い。優れた作品であることが何よりだが。舞台挨拶やメディアに露出したり、地道に話題を切らさないことがロングランの秘訣。スタッフ&キャストの援護射撃も必要だが。



【AMV速報9週目※ほぼ順同】
幼女、政宗、クズ、傷物語>君名>セイレン、銀魂、メイドラゴン>風夏、ハンドシェイカー、ゼスティリア>このすば、チェインクロ、アキバ、リトルウィッチ、FGO、ライオン…(略)

Youjo Senki #1y


 女戦記が相変わらず強いが、トップは団子状態。傷物語は落ち着いてきたか。内外の評価差が特に大きいのは、クズとフレンズだろう。書いてないが、聲の形はメイドラゴンと同じくらい。ロングランの君の名は。がこちらでも異彩を放っている。
 特徴的なのは、RADWIMPSや秦基博といった邦楽が多い。アーティストや楽曲が好きで、新海作品にもリーチしてるようだ。PVや予告編だけでよく続くものだと感心する。ワンピGでも二ヵ月持たなかったが(ビデオが発売されてまた増えた)。もう半年になる。



 イドラゴンや亜人ちゃんは日常系ファンタジーだが。天使や女神や鬼やオバケが同居するアニメは昔からあった。
再論だが、奇人変人ものは『普通』がとても大切。主人公の小林さんや高橋先生のように。レルゲン中佐、メリビットやスミスやドズルといった常識的な脇役がいなかったら、どれだけ話がキツクなるか。側近のヴィーシャ少尉は一周して変人だが。

 

demichan ha kataritai #9a


 目なフィクションは、そうした視聴者の感情面のフォロ(欲求不満の解消やストレスの軽減)ができてない。上手は溜まる前に除去する。下手は溜め込んで後に引き摺る。灰汁抜きや骨抜きといった、料理の下ごしらえみたいなもので。クリエイタの経験値や想定力の差が如実に出てしまう。



Issues - Kuzu No Honkai AMV

 


 詞や脚本の良し悪しは「耳に馴染むこと、端的であること、フックが効いてること」で基本評価してる(これが全てではない)。漫画のフキダシの端的さというのは、ある意味で演劇にも通じる。台詞の言い回しでも、聞きとり易さを優先するケースがあるからだ。加えて、役の掘り下げであるとか、人物像にらしさが滲むようなものであれば尚良し。
 回りくどい台詞というのは、聞き手の負担になるだけでなく、演技の幅を狭くする。あまり強く言うとアレだが(役者の技量でもあるので)。一音を削るだけでも芝居のニュアンスが大分変わる。声量や息の長さが表現力に直結する。

 

Siamese-Monkey-Hat


 ーさんの演技が上達したのは歌の特訓をしてからだ。小野Dもそうかもしれない。発声で表現の幅や上限が決まってくる(ちゃんりなやゆっけ氏もそちらのタイプだろう)。無論、役者によっても性質が違うので注意は必要。「中身はあっても器が足りない」タイプだ。その逆の方が、どちらかといえば多い。



 スコミがSNSの話題性を取り上げるときに、ファンの二次創作は無視されがち。社会現象と呼ばれる様なヒットの裏には、昨今必ずこうした動きがある。
 プロアマを問わず、ネタやイラストや大喜利を楽しむ様な文化だ。手料理のお裾分けだとか、自家発電のようなものだが。積極的に話題を提供してる人たちの存在が見過ごされるのは、まだ彼らを空気のようにマスコミが認識してるからだ。

 

moguro hukuzou



 劇と落語だが、実は共通点がある。国立劇場が東京に造られたときに、初めて正式に認められた。明治以降、政府は学問芸術分野で西洋化を推し進めていた。芸能が見直されたのは大戦後になる。
 今でこそ文化だ、伝統芸能だと持て囃されるが。それまで落語に権威なんてものはなかった。また演劇も西洋化の波に乗れず、明治末期に奇特な個人が欧州で学んで、原文を翻訳して輸入するような有様だった。つまり、あくまで下々が楽しむ大衆向けの芸能娯楽であって、学問や芸術の待遇はされていなかった。

 

syowa genroku rakugo shinju 2nd #4c

 

 立劇場が1966年、隣接する国立演芸場が1979年に完成するが。着工する前に、起案書をまとめるために有識者会議が開かれた。能や歌舞伎といった、伝統演劇はまた別だ。新劇そのほかの所謂『商業演劇』(新劇側の侮蔑語が定着したもので広義は旧派も含まれる)の各劇団の代表者や、興行会社の顔役が一堂に会した。
 それまで有象無象というか、演劇協会はあるが規則や横の繋がりもなく、バラバラに活動する状況だった。まあ演劇には寄席にあたるものがないせいもある(客演や客演出はあるが)。
 落語界でも似たような状況だったことは、あとで知った。昭和の落語家が一世を風靡したのは事実だが。元禄から続く落語三百年の歴史で、五代目柳家小さんが重要無形文化財(人間国宝)になったのは1995年。落語や演劇が現在のイメージで語られるようになったのは、おそらく1970年代半ばからだろう。大学のアニメーション専攻やマンガ学科を想像すると分かり易いかもしれない。

 

hyogonosuke mononoke


 マケの持論というか個人的な推測だが。戦後の新劇界が、左翼運動家やプロレタリア演劇史と関連つけて語られるのは、背景に社会運動や安保闘争があるからではないか。戦前からある文学座や俳優座を除けば、殆どの新劇の劇団は「雨後のタケノコのように」作られた(まともな記録が残っていない)。政治犯で獄中にいたのは僅かで、なかには兵役逃れもあった。被災や徴兵で人材は断絶してる筈だ。



Shelter - Kimi no Na Wa (Your Name)「AMV」

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